思いやりの行方

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良かれ思ったその行為、本当に誰かの為になっているのだろうか。

 

もちろん、善意を以てしてその行為に従事していることは知っている。あなたが「君の為に…」と吐露するその感情に、その優しさに、なるほど確かにそこには愛が介在していることだろう。その観点から察するに、僕はあなたに対して謝らなければならないだろう。そして同情もしよう。しかし本音を言わせていただくならば

 

「別にしなくても良かったんだけど…」

 

つまりは需要と供給の話だ。善意を以てした行為、それは分かる。誰か何かに良い気持ちになってもらいたい。何処かの誰か、或いは唯一無二のあの人に、至福の感情を献上したいという気持ち。それは理解しよう。どちらかといえば、僕個人としても共感できる感情だ。それは果たして愛と形容し得るものであるとすら僕は考えている。

 

 

 

「僕は君の全てが知りたいんだ」

 

若く、そして苦く切ない思い出だ。かつて僕はこのような言の葉を異性に向けて放ったことがある。純真無垢でひたむきで、そして嘘偽らざるトゥルーマイハート。君の全てを受け入れる。あの時の僕はそう思っていたし、何があっても受け入れられると信じていた。

 

愚か、だったのであろうか。人と人は分かり合えない。自分ではない誰かの心の内なんて、見えるはずもない。それは数々の悲劇を繰り返してきた歴史が確かに証明していることだった。だけどそれでも僕は愛を信じていたかった。この胸の内に秘めた愛情を、ありのままに伝えたかった。

 

君は泣いていたんだ。誰も私のことを分かってくれない、みんな本当の私を知ったら離れていってしまうのだと。そんなこと、あるもんか。少なくとも僕は、僕だけは違う。君を愛しているこの気持ちが、過去だなんて不確かなものに消されたりなんかするもんか!

 

話してほしい。君の全てを。僕は知りたいんだ。知って、証明してみせる。僕だけは君の全てを理解できるんだと。他の誰でもない、あなたの為に…

 

 

「昔のことなんだけどね…」

 

OKベイビー、昔の話だな。英語にするとOld Storyだ。なぁに大丈夫さ。僕の目の前にいる君は『昔の君』ではなく『今の君』なんだ。怯える必要なんてどこにもないさ。

 

「援交してたことがあるの…」

 

援交…なるほど確かにヘヴィな話だ。ちょっと思いもしなかったな…いや大丈夫。少し時間をくれ。援交、援交、略すと援助交際か。略すと?いや、まあいい。そうだな、英語にしてみよう。英語にすると…なんだ?Enjo kōsaiか?オーケー。もう大丈夫。なぁに、みんなも同じようなことをしてるさ。

 

「その時に付き合ってた彼氏からね…」

 

ダウト。おいおい、それじゃあまるで彼氏が居るのに援助交際をしていたみたいな言い方じゃないか。いやいや、はは、おいおい、それじゃあまるで彼氏が居るのに援助交際をしていたみたいな言い方じゃないか。

 

「最近連絡が来て…」

 

それはちょっと知らなかったな…いや、聞いてないんだから知らないのは当然なんだけどさ、知らなかったなぁって思ってさ。大丈夫大丈夫。今言ったもんね?今言ったもんね?悪くない悪くない大丈夫大丈夫。

 

「昨日会って来たの」

 

昨日?昨日っていうと…あぁ、そうだ。yesterdayだ。君は知らないだろうけどさ、これを書いてる今yesterdayっていうタイトルの映画が公開されてるんだ。ビートルズって知ってる?

 

「セックs…」

 

ええいやめろぉぉぉ!!!!イントロからクライマックスばっかじゃねえか!!!!藪を突いたら蛇が出たってレベルじゃねえよ????おま、おまま、おまままま…きの、き、き、yesterday???何それ初耳!!!HATUMIMI!!だよ!いや言ったのは僕だけどさ?確かに全て教えてほしいって言ったけどさ?言う?それ、言う?

 

「はぁ?てめぇが聞きたいって言うから事の顛末を一言一句詳らかに説明してあげたんだけど???」

 

急に口悪…い、いや、まあ、確かに彼女の言も一理、ある…ある?た、確かに僕は聞きたいと言ったし…そしてその願望を彼女は叶えてくれた。この件に関して彼女は確かに悪くはない…のか?ま、まあ僕も悪気があった訳ではないし、悪者はどこにもいないってことで…いや、っていうか、あれ?彼女悪くない?いや聞きたかったんだけれども…なんか、そういうのって駄目じゃない?????

 

 

齢にして20と少しの出来事だ。涙なしでは語れない魂のストーリーである。

 

結局、僕と彼女はこの出来事がきっかけで距離を置くことになってしまうのだが、それはまた別のお話である。

 

君が分かってほしいと言ったから、僕は良かれと思って受け入れようとしたんだ。僕が君を分かりたいと言ったから、君は本当のことを言ったんだ。僕らは互いに相手の為にと、相手のことを思って、そう、愛を以って、行動を起こしたのだ。

 

ただ、だけど、本当にそれで良かったのだろうか。僕らの愛は、果たして正しいものだったのだろうか。僕が君が良かれ思ったその行為、本当に誰かの為になっていたのかな。世の中にはたとえそれが真実であっても、言わない方がいいこともある。もう僕は『昔の僕』ではないけれど、『今の僕』はふと、そんなことを考える。