完了する人々

何かしら重大な失敗が世間、相手に露呈しまった際。例えばそれが相手を深く傷つけてしまうことになってしまった場合、大抵の場合は即謝罪、次いで問題改善へと対策を練る。という流れが一般的であり、且つ常識的、合理的であるのだが、世の中には往々にしてそれが出来ず、言い訳、保身、自己防衛に走ってしまうどうしようもない人間が存在する。僕である。

 

しかしこれだけは言わせてほしい。僕らは誰かを傷つけようだなんて意図を抱いたことなんてたったの一度だってなかったし、傷ついた彼ら彼女らを見て「w」などと単芝を生やした事など一切ない。傷ついた君らを見て、僕らもまた、傷ついていたのだ。

 

 

数年前のことである。

 

「旅行したいね~」

 

大学生の時分、当時付き合っていた彼女からこの言が出たのは夏に差し掛かる前、少し暖かくなってきた頃のことだ。

 

「ようがす。なら京都行くべや。予約取っとくわ」

 

そんなことを返した、様な気がする。もう何年も前の話になる為に記憶はおぼろげだが、彼女はいたくはしゃいでいたように記憶している。

 

そうしてしばらく経って、後

 

彼女「そういえば旅行来週じゃなかった?準備しなきゃ」

 

僕「旅行?来週?だっけ?」

 

彼女「そうだよwなに忘れてんのwあんたが予約したんでしょw」

 

僕「あ~!せやせや!せやったな!」

 

この時僕は思った。旅行の予約なんて、したか?

この時僕は思った。そもそも、旅行とは?

 

「ま、まあ、旅行の予約はしてるんだけど、してるんだけどさ、一応、一応!どこに行くんだったかな~って、いや、分かってるんだけど、こういうのって相互認識?が大事だからさ、些細なことでも報告しあわなきゃ、旅行だし、事故があってはいかんからな。いや、予約はしてるんだけどね、ほら、ちょっとした手違いが命取りになりかねんからな、なにせ旅行だし」

 

 旅行の予約など取った覚えはなかったが、僕の思考は必死で『予約を取った』記憶を探していた。

 

「ま、ままま、とりあえずさ、買い物行って来る?いや僕はほら、下着の替えがあればええしさ、男の旅は軽装って相場が決まってるんだよ。な?でもほら、女の子はなにかと入用でしょ?だったらほら、さ、ささ、5000円で足りる?さ、行って来な。ほら」

 

結果的に言えば、僕と彼女が京都に行くことはなかった。買い物を済ませ帰って来た彼女に「さっき実家から電話があってな…」とシトシトと祖父の病状を練り上げ、大変だね…と心配する彼女を横目に光と共に帰省、ツイッターミクシィ等にて「ずっと元気でいてほしい…」などとそれっぽい文章(アリバイ)を作成、友人の家に居候、学校を休む、成績発表時『不可』(出席日数不足) と書かれた紙をもらう。という散々な結末となった。

 

今となっては彼女サイドに多大な迷惑をかけてしまったこと、大変に反省している。正座だって辞さない構えだ。ただ、分かってほしいのは、決して僕は彼女を傷つけたかった訳ではない。ということだ。そして怒られたくも、なかった。最初に旅行の話題が出た時、さぞかし盛り上がったことだろう。なにせ京都だ。興奮さえ覚える。予約なんて面倒な真似は彼女にさせられない。あの時の僕はきっとそう思ったことだろう。軽やかに予約を取り、彼女にコール、アンド、レスポンス。頼りになる男、僕はそう思われたかった。ただ、それだけだった。

 

「そんなつもりじゃなかった…」

 

犯人はいつだって同じ虚言を繰り返す。だが果たしてそれは真理であったのかもしれない。なぜなら未来は確定していないから未来なのであり、先のことなど誰にも分からないからだ。一寸先は闇。旅行の予約は果たして本当にしていなかったのだろうか。なるほど確かに、今となってはしていなかったと分かる。だが、あの日あの時あの当時、まだ旅行に行っていなかったあの瞬間は、どちらでもあるし、或いは、どちらでもなかったのかもしれない。シュレディンガーの予約。予約は確かにそこにあって、どこにもない。これは真理の物語。

 

などと、およそ10年も前の事柄なのに書いていると次々に言い訳が飛び出してくるあたり、よほど反省をしていると見て取れる。こんなにも反省しているのだから気軽に許してやってほしいと願うばかりだ。正座だって辞さない構えだ。

 

繰り返しになるが、先のような事例、失敗、ミスなどがあった際、僕らサイドとしては本当に悪気があるわけではない。誰も傷つけたいなどとは思っていないのである。

 

だとしたら、なぜ?

 

かかる疑問である。一体なぜ、僕は行動を起こさないのか。ここからはあの時の気持ちを今一度よく思い出し、極めて個人的な尺度の話になるが、その根本的要因について探り、そして問題解決へと歩を進めて生きたいと思う。

 

そもそもなぜ行動しないのか。これが不思議でたまらない。先のような事態に遭遇した際、叱責の一部に同じような文字の羅列を耳にすることがある。「なんでやらないの?」極めて真っ当な疑問である。言い訳を挟む余地など微塵もないド級のシンプルクエスチョン。なるほど確かに怒ってる側は不思議に思うことだろう。だがそんなもんこっちが聞きたいのである。頭では分かっている。やらなきゃいけないことは認識している。

 

そしてその内容も、つぶさに反芻し予習を行っている。件の予約の件で説明すれば、観光する場所を選ぶ→その付近のホテルを検索→予約→そこまでに至る交通機関の情報取得→チケット入手、とこんな流れだ。こんな流れの想像を僕はきっとしていた。していたに違いない。

 

思うに、そこからがまずかった。頭の中ではプランが完全に出来上がった状態、そのパーフェクト・プランの出来栄えは僕を安心させるには十分であったのではなかろうか。「よし!完全に流れは理解した!あとは行動に移すだけ!」この呼吸である。お分かりだろうか、この安心感。不安要素の入り込む余地などなく、例え入ったとしても脳内では至急速やかに対処できる。ちょっとした全能感。この感情が行動を殺すのではないか。

 

日本中で大ヒットした著名な作品の中に、このような一文がある。

 

『「ブッ殺す」と心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!!!』

 

終わっている、のである。行動は、思ったそのッ!瞬間に…ッ!真理、なのである。そして道理なのだ。我々は思ったその瞬間、それはすべて過去という名へ姿を変える。万物は流転する。一度変わってしまったものは二度と元に戻ることはできない。覆水は盆には返らない。花は咲いていますか。虹は出ているでしょうか。お元気で、お過ごしでしょうか。私は、もうだめです。

 

 

そうやって、僕を通り過ぎて行った出来事の数々が過去へと変わり、思い出が色を褪せてきたそんな頃、

 

「そういえば旅行来週じゃない?」

「旅行…?」

 

そして僕は思うのだ。旅行の予約なんて、したか?と。

 

 

傷つけたい訳じゃない。悲しませるつもりなんてこれっぽっちもなかった。ただ、怒られたくなかった。お分かり頂けるだろうか。分からなくても、いい。これは己との戦いなのだ。分かってほしいなんて、そんなおこがましい事は思っていない。ただ、世の中にはそんな人間もいる、ということを頭の片隅にでも置いておいてほしいと、僕のような人たちの為に祈るばかりである。