ブギーポップは笑わない


酒を覚えたばかりの猿の酩酊、崩れて溶けた頭で思案を巡らせる。今夜はブギーポップ、今宵が俺の関ケ原。留まらない心音が夜の帳を駆け抜ける。

 

事を遡れば数時間前の事、時刻は深夜の様相を呈していたそんな頃。自室で酒を喰らい、迸るテンションはダンスホールもかくやの心持ち。勢いの余り、はたまた若さの至りか、猛る激情を50音に変換し白紙を汚していた。

 

深夜、それは魔の時刻。部屋の明かりが消えると同時に、お天道様の下ではとても吐露できない、してはいけない劣情がベッドの下から這い寄る時間。

 

書き込んだアナグラムが電子の海を泳いで渡った先は気になるあの子。俺の、俺だけのユートピア。今なら少しだけ君の胸に飛び込めるような、そんな気がした。

 

「ねぇ、俺の事、どう思ってる?」

 

部屋の中にバールのようなものがあれば、迷わず手に取り自身の頭を砕き壊すことだろう。原初たるアダムとイブですら気が付いた恥という概念を知らず育ってきたようなメールの文章を見、僕は血の気が引いた。これは…僕が打ったのか…?

 

送信履歴をハッと見返し、事件発生から1時間以上も経過している事を、その時ようやく自覚した。そ、そんなまさか…この僕が…こんな猿みたいなことを…?事態は思いの外深刻だった。生まれてからおよそ四半世紀、間違っても胸を張って生きれるような人生を歩んでいない僕であったが、こんなメンヘラじみた文章をまさかこの指で書くことになろうとは思いもしていなかった。

 

病気だったのだ。J-POPの幻想と、近代ドラマウイルスの精神侵略がじわじわと、しかし確実に、もう手遅れな程に、僕の心に入ってきていたのだ。かのウイルスはかくも恐ろしいものなのか。僕はその病気の恐ろしさに思わず身震いした。

 

この世に不必要なものランキングを作るとするならば、男のメンヘラはかなりの上位に入ることは歴史が証明している。夫婦喧嘩は犬も食わない。男のメンヘラはゴキブリだって寄り付かない。

 

男のメンヘラ、男のポエム、そんな愚行は劣情を催している時にしかしでかさないもの。はたまはリビドーが爆発しているのか、劣情を催して且つリビドーが爆発しているのか。

 

そんな厚顔無恥で破廉恥な行為をまさかこの僕がしてしまうとは。この桃色猿畜生め!そんな罵詈騒音が遠くから聞こえてくるようだ。文明人としての誇りはないのか。

 

しかし、どれだけ後悔をした所で送ったメールは書き直せない。覆水は盆に返らないのである。だとすれば考えるべきは既に過去にはない。大切なのは今、そして未来の事。これから僕はこの未曾有の恥辱を挽回せしめなければならない。

 

時刻は深夜、きっと彼女は寝ていることだろう。寝ていてほしい。寝ていてくださいマジで。そうなるとまだ僕のメールを読んでいない可能性も出てくる。なればまだ取り繕えるかもしれないのではないか。僕は思索に耽る。煙草の量も増えてくる。

 

「なーんてねw冗談冗談wおやすみー(^^)/」

 

今すぐガソリンを持ってこい!そしてかけてくれ!この俺に!!!てめぇは一回マジで去勢してこい、というレベルだ。必死に消そうとしている下劣感、下心が逆に際立つ悪手そのもの。劣情から生まれたんじゃねえのか?と問われても僕はきっと曖昧に笑うことしか出来ないだろう。(^^)/←こんなもんで溢れ出る色情が隠せると本気で思っているのか僕は。

 

とりあえず酒でも飲んで落ち着こう。っち、芋焼酎切れてんじゃねーか。まあ米焼酎で我慢すっか。

 

「変なこと言ってごめんね?気にしないで(^^)」

 

一回お母さんの中に戻ってやり直した方がいい。僕が相談を受ける立場なら迷わずそう進言するだろう。謝れば許されるだろうということを前提としているのが見え見えだ。卑猥なだけでなく卑怯でもあるのか僕は。というかいつまで(^^)に頼ってるんだ。どうか殺して欲しい。優しさを以って。

 

何をどう取り繕おうとも隠しきれない性的衝動の香りが止まることを知らずプンプンと漂っている。まさか四半世紀越しに狂気染みた青春を謳歌しようとするとは…恥という言葉が僕の両肩に重くのしかかる。

 

しかし、このままでは埒が明かないのも事実。一体どうすればこの劣情の臭いを消せるのか。本当に心の底から反省しているんだ。だけどどう取り繕おうとも、この反省の気持ちが伝わるビジョンがとても見えない。まるで言葉を重ねれば重ねるほどに間違いが増えていくような、そんな気がした。

 

「エロい写メとか貰える???」

 

木を隠すなら森の中。間違いを隠すには、より大きな間違いの中だよね。

 

やっぱ米焼酎はいかんな。変に酔う。変に酔っちゃうわ。まーしかし、あれだ。出来ればこう、胸部と顔を一緒に映した状態で以た画像をだなぁ、うへへ。ウェーイ

 

などと、酩酊に身を任せありのままの正直な心を露呈していたらそのまま気持ち良く寝落ち、明くる朝送信履歴をみて絶望。悲しみよこんにちは。恋よさようなら。アンドロイドは禁酒の夢を見るのだろうか。

 

勿論返信などはなく、その後クラスの一部界隈でまことしやかに僕の悪口が囁かれる傷心。その傷ついた心の癒しを求めてまた僕は恋をする。そして、時刻は深夜の様相。酒を飲み酩酊、気持ち良くなったそんな頃、僕は50音のアナグラムを書き連ねる。

 

「ねぇ、俺の事、どう思ってる?」