ブギーポップは笑わない


酒を覚えたばかりの猿の酩酊、崩れて溶けた頭で思案を巡らせる。今夜はブギーポップ、今宵が俺の関ケ原。留まらない心音が夜の帳を駆け抜ける。

 

事を遡れば数時間前の事、時刻は深夜の様相を呈していたそんな頃。自室で酒を喰らい、迸るテンションはダンスホールもかくやの心持ち。勢いの余り、はたまた若さの至りか、猛る激情を50音に変換し白紙を汚していた。

 

深夜、それは魔の時刻。部屋の明かりが消えると同時に、お天道様の下ではとても吐露できない、してはいけない劣情がベッドの下から這い寄る時間。

 

書き込んだアナグラムが電子の海を泳いで渡った先は気になるあの子。俺の、俺だけのユートピア。今なら少しだけ君の胸に飛び込めるような、そんな気がした。

 

「ねぇ、俺の事、どう思ってる?」

 

部屋の中にバールのようなものがあれば、迷わず手に取り自身の頭を砕き壊すことだろう。原初たるアダムとイブですら気が付いた恥という概念を知らず育ってきたようなメールの文章を見、僕は血の気が引いた。これは…僕が打ったのか…?

 

送信履歴をハッと見返し、事件発生から1時間以上も経過している事を、その時ようやく自覚した。そ、そんなまさか…この僕が…こんな猿みたいなことを…?事態は思いの外深刻だった。生まれてからおよそ四半世紀、間違っても胸を張って生きれるような人生を歩んでいない僕であったが、こんなメンヘラじみた文章をまさかこの指で書くことになろうとは思いもしていなかった。

 

病気だったのだ。J-POPの幻想と、近代ドラマウイルスの精神侵略がじわじわと、しかし確実に、もう手遅れな程に、僕の心に入ってきていたのだ。かのウイルスはかくも恐ろしいものなのか。僕はその病気の恐ろしさに思わず身震いした。

 

この世に不必要なものランキングを作るとするならば、男のメンヘラはかなりの上位に入ることは歴史が証明している。夫婦喧嘩は犬も食わない。男のメンヘラはゴキブリだって寄り付かない。

 

男のメンヘラ、男のポエム、そんな愚行は劣情を催している時にしかしでかさないもの。はたまはリビドーが爆発しているのか、劣情を催して且つリビドーが爆発しているのか。

 

そんな厚顔無恥で破廉恥な行為をまさかこの僕がしてしまうとは。この桃色猿畜生め!そんな罵詈騒音が遠くから聞こえてくるようだ。文明人としての誇りはないのか。

 

しかし、どれだけ後悔をした所で送ったメールは書き直せない。覆水は盆に返らないのである。だとすれば考えるべきは既に過去にはない。大切なのは今、そして未来の事。これから僕はこの未曾有の恥辱を挽回せしめなければならない。

 

時刻は深夜、きっと彼女は寝ていることだろう。寝ていてほしい。寝ていてくださいマジで。そうなるとまだ僕のメールを読んでいない可能性も出てくる。なればまだ取り繕えるかもしれないのではないか。僕は思索に耽る。煙草の量も増えてくる。

 

「なーんてねw冗談冗談wおやすみー(^^)/」

 

今すぐガソリンを持ってこい!そしてかけてくれ!この俺に!!!てめぇは一回マジで去勢してこい、というレベルだ。必死に消そうとしている下劣感、下心が逆に際立つ悪手そのもの。劣情から生まれたんじゃねえのか?と問われても僕はきっと曖昧に笑うことしか出来ないだろう。(^^)/←こんなもんで溢れ出る色情が隠せると本気で思っているのか僕は。

 

とりあえず酒でも飲んで落ち着こう。っち、芋焼酎切れてんじゃねーか。まあ米焼酎で我慢すっか。

 

「変なこと言ってごめんね?気にしないで(^^)」

 

一回お母さんの中に戻ってやり直した方がいい。僕が相談を受ける立場なら迷わずそう進言するだろう。謝れば許されるだろうということを前提としているのが見え見えだ。卑猥なだけでなく卑怯でもあるのか僕は。というかいつまで(^^)に頼ってるんだ。どうか殺して欲しい。優しさを以って。

 

何をどう取り繕おうとも隠しきれない性的衝動の香りが止まることを知らずプンプンと漂っている。まさか四半世紀越しに狂気染みた青春を謳歌しようとするとは…恥という言葉が僕の両肩に重くのしかかる。

 

しかし、このままでは埒が明かないのも事実。一体どうすればこの劣情の臭いを消せるのか。本当に心の底から反省しているんだ。だけどどう取り繕おうとも、この反省の気持ちが伝わるビジョンがとても見えない。まるで言葉を重ねれば重ねるほどに間違いが増えていくような、そんな気がした。

 

「エロい写メとか貰える???」

 

木を隠すなら森の中。間違いを隠すには、より大きな間違いの中だよね。

 

やっぱ米焼酎はいかんな。変に酔う。変に酔っちゃうわ。まーしかし、あれだ。出来ればこう、胸部と顔を一緒に映した状態で以た画像をだなぁ、うへへ。ウェーイ

 

などと、酩酊に身を任せありのままの正直な心を露呈していたらそのまま気持ち良く寝落ち、明くる朝送信履歴をみて絶望。悲しみよこんにちは。恋よさようなら。アンドロイドは禁酒の夢を見るのだろうか。

 

勿論返信などはなく、その後クラスの一部界隈でまことしやかに僕の悪口が囁かれる傷心。その傷ついた心の癒しを求めてまた僕は恋をする。そして、時刻は深夜の様相。酒を飲み酩酊、気持ち良くなったそんな頃、僕は50音のアナグラムを書き連ねる。

 

「ねぇ、俺の事、どう思ってる?」

アナザースカイ

束縛欲や独占欲、これらの言葉が犯罪の定義にカテゴライズされてから久しい。その源流はきっと愛によるものであるにも関わらず、だ。誰かを手に入れたいという感情、自分の物にしたいというエゴイズム、源流から分岐したそれは果たして愛足り得るものなのか。はたまた愛足り得ないものなのか。

 

相手を思いやり、相手の為に尽くす。誰か彼かに至福の感情を献上したいという気持ち。なるほど確かにこれは愛と呼ぶべきものだろう。善良で、清廉で、清く正しい道徳的な、ややもすれば聖書に記されていたっておかしくない心情だ。

 

だが「それだけが愛なのか?」と問われれば僕は首を横に振らなければならないだろう。時刻は深夜、あなたを助手席に乗せて赤信号を待っている僕は、煙草を咥えながら言うのだ。「それもまた愛なのさ」と。

 

「元カレより好き!」

 

これはかつて付き合っていた女性の口から出た言葉だ。この時、僕は思考と感情を失った。元カレ、それは好きな人の過去の男、英語にするとex boy friend。元カレEX。元カレEX?心の中でモヤモヤと燻る幻煙が、僕のピュアなハートを蝕んでゆく。一体?何故?今唐突に?元カレの話を…?青天の霹靂、悲しみよこんにちは、平穏よさようなら。

 

突如紡がれる悲しみのロックンロール。それは彼女にとってはなんでもない話だったのだろうし、文脈から察するに、彼女の中でより効率的な愛の伝え方であったのかもしれない。だけどそれは経験浅い当時の僕からすればジーマーで勘弁、真にノーセンキュー。昔の男、この三文字を聞いた時、僕は思う。こいつ…俺の他にも愛した男がいたのか…‼そんな当たり前のことを改めて認識すると酷く残虐的で、絶望的な感情が眼前に訪れる。なぜなら、彼女が僕以外の男を愛したその時その時期その瞬間、彼女の中に僕の姿は存在しないからだ。過去に起こった出来事を変えることなど出来ないからだ。

 

だからこそ、苦しい。決して手の届かない、変えられない事実がどうしようもなく辛く、悲しい。

 

彼女の全てを知りたいと願うことは、愚かなのだろうか。あなたの今も、過去も、そして未来も僕の物にしたい。という切望は、望んではいけないものなのだろうか。かつでアダムとイヴは禁断の果実を口にして楽園を追放された。果たして僕は彼女の全てを知ったその時、一体何を失うのだろうか。

 

幸せそうに傍で笑う彼女に、僕は恐る恐る話しかけた。

 

「元カレって…?」

 

聞きたくない!そう思っていた筈なのに、何故だか僕の口からは続きを求めるような言葉が出ていた。人間は知りたいという欲求の前ではあまりにも無力であった。昔の彼女が何を考え、どんな恋をし、どんな男が好きだったのか。知りたいけれど知りたくない。そんな葛藤が、僕の胸の内で猛り狂っていた。

 

大体、聞いてどうする?聞いたところで何が変わる訳でもないし、どちらかと言えば、傷ついてしまう可能性の方が高い。聞いた後、彼女の後ろにその男が付き纏ってしまう恐れすらある。デートをした時、キスをする時、インザベットのその瞬間、脳裏に写る元カレの影。元カレEX。まあそれはそれで興奮するかもしれないけれど、残念ながら今はその話じゃない。

 

しかし、僕は聞いた。聞いてしまった。賽は投げられた。時間は決して戻らない。それはまるで禁断の果実が枝から零れ、必ず地面に落ちてしまうように。僕は彼女に元カレの話を聞いてしまったのだ。

 

「昔付き合っていた人なんだけど…」

 

そうしてつらつらと話される彼女の昔の男の話に、僕は果たして何を思えばいいのか、そして何を思わなければいいのか分からなかった。答えなんてなかったのかもしれない。だけど年若い僕はついつい真面目に考えてしまう。「こいつはこの話を聞かせて何をしたいんだ…?」僕が元カレの話を聞いたのに、元カレの話をされた途端に不思議に思うのは少しおかしな話だが、その時の僕は確かにそう思ったし、そう感じずにはいられなかった。

 

今思うに、彼女は昔の男と僕を比較して、その愛の差異によって僕への愛を感じているのではないのだろうか。何かひとつの物事の価値を推し量る時、相対する何かと見比べてみて初めてその違いは顕著に表れる。彼女は極めて抽象的かつ主観的に、昔の男の人となりとか、僕の考えていることとか、そういった具体的な差異を一切捨てて、ただの『昔の男』と『今の男』という記号して取り扱い、そうして『彼女がされて嬉しかったこと』で勘定し出された愛を推し量っていたのではないだろうか。そうして導き出された答えが「元カレより好き」ということだ。

 

なるほど。そう考えると理解は出来る。だが、残念ながら共感は出来ない。なぜとなれば、それは僕を介して昔の男を見ている何よりの証左だからだ。「なんて心の狭い男なんだ!」そんな声が聞こえてきそうではあるが、それでも、それでも!それが僕の嘘逸らざる本音なのだ。僕だけを見てほしい!叶うのなら、君の初めては僕の物であってほしかった!

 

しかし共感こそはできないものの分かったこともある。それは彼女がそういった判断基準の思考を有している、ということだ。それはひとえに彼女へ愛を伝えるテンプレートがひとつ生まれたということに他ならない。自分がされて嫌なことは他の人にもしてはいけない。自分がされて嬉しいことは相手にもしてあげなさい。これはかつて枕元で母が語ってくれた道徳だ。相手を思いやり、相手の為に尽くし、誰か彼かに至福の感情を献上したい。きっとそれは愛と呼ぶべきものなのだ。

 

 なればこそ、なればこそ僕も愛を以て、愛を伝えなければならないだろう。他でもない全てを話してくれた彼女の為に。

 

「元カノより好きだよ…」

「は?彼女に元カノの話するとかマジありえないんだけど。死ねば?」

 

 冷静になって考えれば昔の恋人の話を今の恋人にするなんてバカなんじゃない?結局、過去の恋愛が意味を持つのは当人に対してだけであり、第三者からしてみればテレビのニュース程度も価値のない無意味なものだ。

 

「じゃあなんでお前は元カレの話を…?」

 

いや、もうやめよう。きっとそこに意味なんてないのだ。彼女はただ話したかった。ただそれだけのことだったのだ。すべての物事に意味なんてない。ただそこにあるだけ。そういった物も、確かに存在する。

 

結局のところ、言葉の真意や裏側を読む必要なんてないのかもしれない。彼女が何を話そうが、ただ、今この瞬間は僕の横にいてくれている。それが全てであり、そこに御託を介在する余地はないのだ。

 

だから僕らがすべきことは、より大きな懐を以て『過去の彼女を内在している今の彼女』を愛するべきなのだ。過去に何があって、どんな恋をして、どんな男と付き合ったのか。その全ての過去を経験した彼女を、僕は好きになったのだから。

 

そうして、いつか、そんな過去の話を楽しんで聞けるようになったのならば、それはとても素敵なことなのだと僕は思う。

 

 

「も、元カレのよりおっきぃぃぃぃ!!!!✌✌」

 

ラージ・ザン・元カレEX。比較してこそ初めて生まれるアナザースカイ。この悦びは、きっと、 誰かの何かと相対しなければ決して辿り着けない至福の境地。時刻は深夜、あなたを助手席に乗せて赤信号を待っている僕は、煙草を咥えながら言うのだ。「それもまた愛なのさ」と。

 

雑記

もうずっと長いこと味のしないガムを噛んでいるみたいだ。相変わらず夜は眠れない。スマホを片手にベッドの中で悶々とする日々を、学生時代からずっと続けてきた。そこには何もない。なぜなら何もしていないからだ。そんな当たり前のことが、当たり前のこととして僕の背中を覆っている。昨日のことだったらなんとか思い出せる。だけど一昨日のことなんてこれっぽっちも覚えていない。

 

僕は酒を飲む。気持ち良くなりたいからだ。昔からずっとそうだった。何もできなかった僕が、何かを成し得るんじゃないかと勘違い出来る唯一の道具が酒だった。今日も酒を飲んだ。昨日も、一昨日も、その前も飲んだ。わずかばかりの自尊心と、憂鬱と、気持ち悪さだけが残った。困ったことに僕はもう一人で酒を飲んでも気持ち良くはならないらしい。

 

僕は横になる。頭の中はぐるぐると回っている。思い出すのはいつだって昔のことだった。昔聴いていた音楽を聴く。今はもう会えない人たちの顔が走馬灯のように駆け巡る。コップに残ったぬるい酒を飲み干して、僕は再び横になる。眠らなきゃいけないんだ。仕事は朝と共にやってくる。僕は目を瞑る。ずっと眠たかったんだ。だけど眠れやしない。

 

眠れ眠れと言い聞かす。僕は何かをしなくちゃいけない。それは分かっている。だけど、何をしなくちゃいけないのかは分からない。余計なことが頭に浮かんですぐ消える。意図しない思考が夜を駆ける。ちっとも眠れやしない。煙草を吸わなくちゃいけない。もう時間は2時を回っている。外は雨が降っている。眠たい。傘はいつの間にかなくなってしまった。僕は外に出る。

 

大学生の頃だった。雨に打たれながら家路についている。途中、誰もいない公園のブランコに乗って煙草を吸おうとした。ライターの火が点かない。雨が降っているからだ。携帯電話を捨てた。僕は21歳だった。

 

上手くいかないことはない。だけど、上手くいっていることも何もない。漠然とした何かが僕の目の前にあった。それは不安だったのかもしれない。或いは未来と呼ぶべきものだったのかもしれない。それはもうずっと長いこと僕のそばにあった。

 

見ないふりをしていた。彼は決まって一人の時にやってきた。僕は逃げるように友人の元へ走った。彼女の元へ逃げたこともある。だけどやっぱり、一番多く逃げたのは酒の中だった。最近、彼はどこにでも現れる。酒を飲むといなくなっていた筈なのに、気が付けば目の前にいる。

 

彼はずっと笑っている。

 

 

あの浅ましい愛をもう一度

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人から手放しで好かれたい。こんなさもしい欲求を抱いてしまった時、僕たちは一体どうすればいいのだろうか。

 

誰しもが少なからず一度は胸に抱いたことがあるこの劣情。森羅万象、有象無象のあまねく誰かに愛されたい…出来ればロハで…嫌われ者の彼だって、いつも一人のあの人も、僕らは誰だって嫌われたくなどないのである。

 

しかしそんな淡い幻想は、辛く厳しい社会を生きていく中で泡となって消えていく。ある時ハッと気付くのだ。誰からも愛される人間なんて存在しないのだ、と。

 

だけどそれでも嫌われたくないという気持ちは捨てきれないものである。いざ誰から嫌われたって関係ないさ!などと豪語してみても、刺さった後ろ指の数が気になってしまうのが人である。

 

そこにあって「みんなから好かれるなんて無理だ!」と真実をシャウトしてみたところで乾いた心にはまるで響かない。そんな正論は砂漠で水を一滴垂らすようなもので、真実で花は咲かないのである。

 

「それならば、全員からとは言わないけど、より多くの人に好かれたい」

 

余りにもさもしいスピリッツ。それはまるで子供の頃に見た夢が、成長と共に反比例するディストピア。これがダメであるならばあれで、あれがダメならこれで…言わせていただきたいのは、これは決して諦めなどではない。ということだ。これは大人になった、という証左だ。きっとそういう、ことなのだ。

 

悲しいのではない。ただ、少し寂しいだけだ。

 

 

そんな小さな欲求が、ゆっくり体に染み渡った、そんな頃の話だ。

 

「相談があるんだけど…」

 

携帯を開くと1通のメール、そこはかとなく哀愁を帯びたそれはどこか寂しげで、誰かに助けを求めているような、そんな気がした。そういえば、と思い出す。彼女は近頃酷く落ち込んでいたことを記憶している。

 

「最近彼氏が冷たくて…」

 

どこにでもある、だけどここにしかない話。電話で話した彼女の声はとてもか細くて、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。「それは…辛いね…」思わずそう同情してしまったし、そう言わずにはいられなかった。

 

 「それでね、それでね、」

 

矢継ぎ早に彼女の口から出てくる言はおよそ止まることを知らず、いつの間にか時刻は深夜の様相を呈していた。そうして心なしか少しスッキリしたような口調で、彼女は言った。

 

「色々聞いてくれてありがとう。君が彼氏だったら良かったのにな」

 

「えっ…?」思わず僕は聞き返す。いや、正確には聞き返せはしなかったのだけれど、思わず口から零れた「えっ」という一文字が、もう一度…と言っているような気がした。僕が彼氏だったら…?それは、一体どういう…続きは…?その言葉の、その先は…?

 

「それじゃ、おやすみなさい」

 

ちょっと待てぃ!!!相席食堂の真ん中のボタンがあれば秒で押しぬく下の句に、言葉にならない悲鳴を上げる。フォントだってでかくなる。ツー、ツー、と続く機械音がいたずらに思考を加速する。僕が彼氏だったら…僕が彼氏だったら…?いやそれどういう…えっ、えっ? 告白のそれでは?????!???!?

 

思考のラビリンスを駆け抜けるあの頃の僕。脳内にあるのはスーパーコンピューターもかくや、欲情のシナプス。回り続ける疑問、浮かび続けるクエスチョン。禅問答、これは答えのない物語。

 

彼女は一体なぜあのようなことを言ったのか。あんなことを言ったなら、勘違いしてしまう男だっているかもしれないのだ。僕を見てほしい。現に僕はその後まんまと彼女に恋を焦がしたのだ。彼女を守るのは僕しかいない!そう信じてやまなかったし、彼女を脅かす彼氏などという脅威、魔の手から一刻も早く救い出さねば…!!!そう思わずにはいられなかった。齢にして19の時、青く切ない思い出だ。

 

思うに、彼女は僕から嫌われたくなかったのではないだろうか。今となってはもう確かめようのない真意だが、前述したとおり、誰も誰からも嫌われたくなどないのである。そこにおいて『恋愛相談に乗ってくれる都合の良い誰か』なるほど確かに手放したくないことだろう。

 

最早確認する術もまるで持ち合わせていないが、おそらく、きっと、彼女はそういう心持ちだったのだ。そんな人間臭い憧憬を、誰が非難など出来ようか。いや、悲しいのではない。ただ、少し寂しいだけだ。

 

「え…いやいや…それってただのキープでは…?」

 

言うな…人の心は分からない。それが過去のことなら尚更である。人類有志以来、誰も彼も、人の心の内なんて見えたことなどないのだ。いたずらに己が妄執で判断を下すことは得策ではない。再三になるが、正論じゃ何も救えないのである。正論で花は咲きますか。心の傷は癒えますか。あなただって何も人を傷つける為に生まれてきたわけじゃないはずだ。その辺のことをよくよく鑑みて、もっと反省してほしい。

 

しかし、このような例は世界中で起こっている当たり前の話なのだ。ふとした瞬間に異性から思わせぶりな態度を取られたら(例えそれがキープでも…!)聞こえてくるのはファンファーレ、麗しき愛の讃歌。途端に苦しくなる胸はロマンチックのサイン。ブレーキランプを5回点滅させることだって厭わない…!という有様になってしまうのだ。以上から察するに、思わせぶりな態度というのはかなり有効だ、と認識せざるを得ないということだ。

 

このブログに別に教訓めいたエッセンスは存在しないが、もし「誰かから好かれたい…!」とさもしい愛を求めている誰かがいるならば、是非積極的に思わせぶりな態度を取って老若男女を振り回してほしいと願うばかりだ。

 

願わくば、それでうまくいった暁に、僕のおかげで幸せになれましたという想いと共に、或いは少しばかりの笑顔と共に、僕のことを少しだけでいいから愛してくれればと、そう思う。

 

思いやりの行方

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良かれ思ったその行為、本当に誰かの為になっているのだろうか。

 

もちろん、善意を以てしてその行為に従事していることは知っている。あなたが「君の為に…」と吐露するその感情に、その優しさに、なるほど確かにそこには愛が介在していることだろう。その観点から察するに、僕はあなたに対して謝らなければならないだろう。そして同情もしよう。しかし本音を言わせていただくならば

 

「別にしなくても良かったんだけど…」

 

つまりは需要と供給の話だ。善意を以てした行為、それは分かる。誰か何かに良い気持ちになってもらいたい。何処かの誰か、或いは唯一無二のあの人に、至福の感情を献上したいという気持ち。それは理解しよう。どちらかといえば、僕個人としても共感できる感情だ。それは果たして愛と形容し得るものであるとすら僕は考えている。

 

 

 

「僕は君の全てが知りたいんだ」

 

若く、そして苦く切ない思い出だ。かつて僕はこのような言の葉を異性に向けて放ったことがある。純真無垢でひたむきで、そして嘘偽らざるトゥルーマイハート。君の全てを受け入れる。あの時の僕はそう思っていたし、何があっても受け入れられると信じていた。

 

愚か、だったのであろうか。人と人は分かり合えない。自分ではない誰かの心の内なんて、見えるはずもない。それは数々の悲劇を繰り返してきた歴史が確かに証明していることだった。だけどそれでも僕は愛を信じていたかった。この胸の内に秘めた愛情を、ありのままに伝えたかった。

 

君は泣いていたんだ。誰も私のことを分かってくれない、みんな本当の私を知ったら離れていってしまうのだと。そんなこと、あるもんか。少なくとも僕は、僕だけは違う。君を愛しているこの気持ちが、過去だなんて不確かなものに消されたりなんかするもんか!

 

話してほしい。君の全てを。僕は知りたいんだ。知って、証明してみせる。僕だけは君の全てを理解できるんだと。他の誰でもない、あなたの為に…

 

 

「昔のことなんだけどね…」

 

OKベイビー、昔の話だな。英語にするとOld Storyだ。なぁに大丈夫さ。僕の目の前にいる君は『昔の君』ではなく『今の君』なんだ。怯える必要なんてどこにもないさ。

 

「援交してたことがあるの…」

 

援交…なるほど確かにヘヴィな話だ。ちょっと思いもしなかったな…いや大丈夫。少し時間をくれ。援交、援交、略すと援助交際か。略すと?いや、まあいい。そうだな、英語にしてみよう。英語にすると…なんだ?Enjo kōsaiか?オーケー。もう大丈夫。なぁに、みんなも同じようなことをしてるさ。

 

「その時に付き合ってた彼氏からね…」

 

ダウト。おいおい、それじゃあまるで彼氏が居るのに援助交際をしていたみたいな言い方じゃないか。いやいや、はは、おいおい、それじゃあまるで彼氏が居るのに援助交際をしていたみたいな言い方じゃないか。

 

「最近連絡が来て…」

 

それはちょっと知らなかったな…いや、聞いてないんだから知らないのは当然なんだけどさ、知らなかったなぁって思ってさ。大丈夫大丈夫。今言ったもんね?今言ったもんね?悪くない悪くない大丈夫大丈夫。

 

「昨日会って来たの」

 

昨日?昨日っていうと…あぁ、そうだ。yesterdayだ。君は知らないだろうけどさ、これを書いてる今yesterdayっていうタイトルの映画が公開されてるんだ。ビートルズって知ってる?

 

「セックs…」

 

ええいやめろぉぉぉ!!!!イントロからクライマックスばっかじゃねえか!!!!藪を突いたら蛇が出たってレベルじゃねえよ????おま、おまま、おまままま…きの、き、き、yesterday???何それ初耳!!!HATUMIMI!!だよ!いや言ったのは僕だけどさ?確かに全て教えてほしいって言ったけどさ?言う?それ、言う?

 

「はぁ?てめぇが聞きたいって言うから事の顛末を一言一句詳らかに説明してあげたんだけど???」

 

急に口悪…い、いや、まあ、確かに彼女の言も一理、ある…ある?た、確かに僕は聞きたいと言ったし…そしてその願望を彼女は叶えてくれた。この件に関して彼女は確かに悪くはない…のか?ま、まあ僕も悪気があった訳ではないし、悪者はどこにもいないってことで…いや、っていうか、あれ?彼女悪くない?いや聞きたかったんだけれども…なんか、そういうのって駄目じゃない?????

 

 

齢にして20と少しの出来事だ。涙なしでは語れない魂のストーリーである。

 

結局、僕と彼女はこの出来事がきっかけで距離を置くことになってしまうのだが、それはまた別のお話である。

 

君が分かってほしいと言ったから、僕は良かれと思って受け入れようとしたんだ。僕が君を分かりたいと言ったから、君は本当のことを言ったんだ。僕らは互いに相手の為にと、相手のことを思って、そう、愛を以って、行動を起こしたのだ。

 

ただ、だけど、本当にそれで良かったのだろうか。僕らの愛は、果たして正しいものだったのだろうか。僕が君が良かれ思ったその行為、本当に誰かの為になっていたのかな。世の中にはたとえそれが真実であっても、言わない方がいいこともある。もう僕は『昔の僕』ではないけれど、『今の僕』はふと、そんなことを考える。

 

 

自分 or not

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果たして自分は何者なのか、そんなことを考える。中学高校大学と、心身共に成長を重ねるにつれそれは希薄になっていくことが一般的ではあるが、成長に合わせて疑問が肥大化していく、というケースも存在する。一体自分は何者なのか。果たして自分は本当に自分の認識する自分自身そのものなのか。あまりにも青く、誰にも相談できずにいた恥ずかしい話、そいつを僕は話したい。

 

 とはいえ、己を認識する話というと「我思う。故に我あり」と言葉を残したルネ・デカルト氏の言があまりにも有名であるため、ここでは詳細は省かせて頂く。興味のある方はそちらを参照して頂きたい。むつかしい話は僕には良く分からないし、非常に眠たい話になってしまうからだ。

 

中学生の頃合い、精神が思春期と呼ばれる概念へと足を踏み入れる頃、僕らは自分自身について考える。「自分は一体何者なのだろうか」「自分という存在は必要なのか」「代わりなら、いくらでもいるのでは?」青く切ない思い出だ。そして思考は加速度的にその様相を肥大する。経験がおありではなかろうか。

 

そうしたエクスキューズから逃れるように拠り所として台頭してくるのが、立場、肩書き、或いは他者との関係性といった、個からへの脱却、相対的承認である。特定の誰かの特別な何かになりたい。社会的に必要な人間で在りたい。誰かに必要とされたい。ただただ、認められたい。そうした思考が、自分ではない他の誰かからの承認による在り方を確定させてしまう。自分は何者か分からない人間ではないのだ。僕は○○君の友達だ。とーーー

 

正しい姿だ。愛おしくさえある。そうして僕らは大人になっていくのである。

 

2年程前の話だ。ある一通のメールが僕の元に届いた。

 

 「結婚することになりました」

 

用件だけが簡潔に書かれたメール、それを送ってきたのは大学生の頃に付き合っていた彼女その人であった。瞬間、当時の情景が走馬灯のように脳裏を駆け巡りトリップ。教室の片隅、食堂の匂い、帰路のコンビニ、ケバブ。様々な思い出が蘇ってくる。手を繋いで歩いたあの道の景色も、同回生が来て慌てて離したあの手の感触も、今ではもう思い出せるか分からない、おぼろげな記憶。

 

 そんなセンチメンタルな気持ちに一瞬で陥ったせいで、そうか、良かった…などと素直に嬉しく思う気持ちのある反面、少し寂しく思ってしまったとしても、なんら不思議ではない。

 

「おめでとう。僕じゃ君を幸せにすることは出来なかったけど、幸せになってね」

 

こんな気持ちの悪い文章を臆面もなく書いてしまうこともまた、不思議では、ないよね。時刻が夜更けだったこともある。深夜、それは魔の時刻。窓の淵から滲み忍び寄る闇が僕の心を掻き立てる。曰く「ポエムを書け」と。

 

お天道様の下ではとても紡ぐことのできないラブ・ロマンス。溢れ出る情緒をポエミー・ラプソディに乗せて歌を紡ぐ。僕は歌を歌う。魂の思うままに。それはとても享楽的で、また、刹那的な、一夜だけの過ち。そして明くる朝思うのだ。なんだ、これはと。

 

起床即送信履歴を見て絶望、慌てて履歴を消すが消えるのは自身の携帯の中身のみ。相手の携帯電話には昨夜未明、電波と共に、或いはラプソディの調べと共にポエムのような文章がベッドイン。僕は空を仰ぐ。

 

そうしている内にメールを1件受信していることに気付く。彼女だ。彼女は昨夜の僕のポエムを読み、無視するどころかメールを返してきてくれていた。菩薩、いや、女神…マザー?その優しさは正しく慈愛そのものであり、相手の気持ちを慮ることのできる、正しき人間の姿であった。だって自分に酔ったポエムに返信なんて、面倒くさくて僕だったら絶対にしない。 僕は感動に打ち震えながらメールを開いた。

 

「え?私たち付き合ってたっけ?」

 

 眼球は微動すらを止め、文字の一文字一文字を見つめている。それぞれの文字がそれぞれに独立した意味を孕んでいるのでは?そう思ったし、そう思わずにいられなかった。一体、この文章の意図する意味は…付き合って、え?付き合ってなかったの???

 

それじゃあ、ただでさえ『元カノにポエムを送信する』という自害すら辞さない蛮行を犯した上に、付き合ってもいなかった女性に対して付き合っていたかの如く「幸せになれよな」などとやや上から目線のポエムを送りつけ、遡れば学生当時、僕はずっと付き合っていたつもりで彼女と接していたいたけれど、彼女は彼女ではなかったってこと?僕は彼氏じゃなかった?僕は彼氏で?彼氏は僕じゃなくて?

 

 自分は果たして何者だったのか。僕は当時、彼女の彼氏であった。と思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。大学生の頃の僕が音を立てて崩れていくのが分かった。彼氏だと思い込んでいた自分の喪失、だとすれば、彼氏じゃなかったとするならば、あの時の僕は一体何者だったのだろうか。「勘違いストーカー」そんな犯罪的な言葉が脳裏を走る。

 

「ただの間男なんじゃ…」

 

みなまで言うな。時として正論は人をいたずらに傷つける。知らなくてもいいことは確かに存在する。正論で花は咲きますか。あなたの心は癒えますか?

 

 

あなたは本当に自分の認識しているあなた、なのか。僕は本当に僕なのであろうか。 果たして自分は何者なのか、 そんなことを考える。

 

完了する人々

何かしら重大な失敗が世間、相手に露呈しまった際。例えばそれが相手を深く傷つけてしまうことになってしまった場合、大抵の場合は即謝罪、次いで問題改善へと対策を練る。という流れが一般的であり、且つ常識的、合理的であるのだが、世の中には往々にしてそれが出来ず、言い訳、保身、自己防衛に走ってしまうどうしようもない人間が存在する。僕である。

 

しかしこれだけは言わせてほしい。僕らは誰かを傷つけようだなんて意図を抱いたことなんてたったの一度だってなかったし、傷ついた彼ら彼女らを見て「w」などと単芝を生やした事など一切ない。傷ついた君らを見て、僕らもまた、傷ついていたのだ。

 

 

数年前のことである。

 

「旅行したいね~」

 

大学生の時分、当時付き合っていた彼女からこの言が出たのは夏に差し掛かる前、少し暖かくなってきた頃のことだ。

 

「ようがす。なら京都行くべや。予約取っとくわ」

 

そんなことを返した、様な気がする。もう何年も前の話になる為に記憶はおぼろげだが、彼女はいたくはしゃいでいたように記憶している。

 

そうしてしばらく経って後

 

彼女「そういえば旅行来週じゃなかった?準備しなきゃ」

 

僕「旅行?来週?だっけ?」

 

彼女「そうだよwなに忘れてんのwあんたが予約したんでしょw」

 

僕「あ~!せやせや!せやったな!」

 

この時僕は思った。旅行の予約なんて、したか?

この時僕は思った。そもそも、旅行とは?

 

「ま、まあ、旅行の予約はしてるんだけど、してるんだけどさ、一応、一応!どこに行くんだったかな~って、いや、分かってるんだけど、こういうのって相互認識?が大事だからさ、些細なことでも報告しあわなきゃ、旅行だし、事故があってはいかんからな。いや、予約はしてるんだけどね、ほら、ちょっとした手違いが命取りになりかねんからな、なにせ旅行だし」

 

 旅行の予約など取った覚えはなかったが、僕の思考は必死で『予約を取った』記憶を探していた。

 

「ま、ままま、とりあえずさ、買い物行って来る?いや僕はほら、下着の替えがあればええしさ、男の旅は軽装って相場が決まってるんだよ。な?でもほら、女の子はなにかと入用でしょ?だったらほら、さ、ささ、5000円で足りる?さ、行って来な。ほら」

 

結果的に言えば、僕と彼女が京都に行くことはなかった。買い物を済ませ帰って来た彼女に「さっき実家から電話があってな…」とシトシトと練り上げた祖父の病状を告げ、大変だね…と心配する彼女を横目に光と共に帰省、ツイッターミクシィ等にて「ずっと元気でいてほしい…」などとそれっぽい文章(アリバイ)を作成、友人の家に居候、学校を休む、成績発表時『不可』(出席日数不足) と書かれた紙をもらう。という散々な結末となった。

 

今となっては彼女サイドに多大な迷惑をかけてしまったこと、大変に反省している。土下座だって辞さない構えだ。ただ分かってほしいのは、決して僕は彼女を傷つけたかった訳ではない。ということだ。そして怒られたくもなかった。最初に旅行の話題が出た時、さぞかし盛り上がったことだろう。なにせ京都だ。興奮さえ覚える。予約なんて面倒な真似は彼女にさせられない。あの時の僕はきっとそう思ったことだろう。軽やかに予約を取り、彼女にコール、アンド、レスポンス。頼りになる男、僕はそう思われたかった。ただ、それだけだった。

 

「そんなつもりじゃなかった…」

 

犯人はいつだって同じ虚言を繰り返す。だが果たしてそれは真理であったのかもしれない。なぜなら未来は確定していないから未来なのであり、先のことなど誰にも分からないからだ。一寸先は闇。旅行の予約は果たして本当にしていなかったのだろうか。なるほど確かに、今となってはしていなかったと分かる。だが、あの日あの時あの当時、まだ旅行に行っていなかったあの瞬間は、どちらでもあるし、或いは、どちらでもなかったのかもしれない。シュレディンガーの予約。予約は確かにそこにあって、どこにもない。これは真理の物語。

 

などと、およそ10年も前の事柄なのに書いていると次々に言い訳が飛び出してくるあたり、よほど反省をしていると見て取れる。こんなにも反省しているのだから気軽に許してやってほしいと願うばかりだ。マジメンゴ。

 

繰り返しになるが、先のような事例、失敗、ミスなどがあった際、僕らサイドとしては本当に悪気があるわけではない。誰も傷つけたいなどとは思っていないのである。

 

だとしたら、なぜ?

 

かかる疑問である。一体なぜ僕は行動を起こさないのか。ここからはあの時の気持ちを今一度よく思い出し、極めて個人的な尺度の話になるが、その根本的要因について探り、そして問題解決へと歩を進めて生きたいと思う。

 

そもそもなぜ行動しないのか。これが不思議でたまらない。先のような事態に遭遇した際、叱責の一部に同じような文字のアナグラムを耳にすることがある。「なんでやらないの?」極めて真っ当な疑問である。言い訳を挟む余地など微塵もないド級のシンプルクエスチョン。なるほど確かに怒ってる側は不思議に思うことだろう。だがそんなもんこっちが聞きたいのである。

 

観光する場所を選び、その付近のホテルを検索&予約、そしてそこまでに至る交通機関の情報取得、チケット入手、とこんな流れの想像を僕はきっとしていたはずだ。たぶんしていたに違いない。おそらくしてたんじゃないかなぁ。

 

そして僕はこうも思った。「なまらめんどくせぇな…」もはや頭の中ではプランが完全に出来上がった状態のことである。後は行動に移すだけだし、いつでも出来るやろ…この呼吸である。お分かりだろうか、この安心感。不安要素の入り込む余地などないちょっとした全能感。この感情は人を殺す。

 

日本中で大ヒットした著名な作品の中に、このような一文がある。

 

『「ブッ殺す」と心の中で思ったならッ!その時スデに行動は終わっているんだッ!!!』

 

終わっている、のである。行動は、思ったそのッ!瞬間に…ッ!真理、なのである。そして道理なのだ。我々は思ったその瞬間、それはすべて過去という名へ姿を変える。万物は流転する。一度変わってしまったものは二度と元に戻ることはできない。覆水は盆には返らない。花は咲いていますか。虹は出ているでしょうか。お母さん、お母さん。お元気で、お過ごしでしょうか。

 

 

そうやって、僕を通り過ぎて行った出来事の数々が過去へと変わり、思い出が色を褪せてきたそんな頃、彼女は口を開くのだ。

 

「そういえば旅行来週じゃない?」

「旅行…?」

 

そして僕は思うのだ。旅行の予約なんて、したか?と。

 

 

傷つけたい訳じゃない。悲しませるつもりなんてこれっぽっちもなかった。ただ、怒られたくなかった。お分かり頂けるだろうか。分からなくてもいい。これは己との戦いなのだ。分かってほしいなんて、そんなおこがましい事は思っていない。ただ、世の中にはそんな人間もいる、ということを頭の片隅にでも置いておいてほしいと、僕のような人たちの為に祈るばかりである。